ノーガホテル 秋葉原 東京のレストラン、ラウンジなどパブリックスペースの選曲を担当するのはunprivate acoustics(アンプライベート・アコースティックス)代表、西原健一郎氏。時間帯や利用シーンがさまざまある中でホテルが一貫して提供するのは上質な体験。その際耳にするBGMは、秋葉原の雑踏へ繰り出す前後で私たちが意識する以上に重要な役割を果たす。ホテルの品格を体現する音楽を選ぶとはどういうことか話を伺った。
西原氏が音楽活動を始めたのは高校生の頃。趣味で楽曲制作を行なっていたところ、ファッションショーに友人がモデルとして出演していた縁でショー音楽を担当することになったのがきっかけだ。以降ファッションのみならず商業分野でBGM制作、イベント等での選曲なども手がけるようになる。
次第に経営と音楽活動、流通を自ら行う環境づくりを意識しはじめたことから2006年にアンプライベート株式会社を設立。現在はノーガホテル上野東京・秋葉原東京の隣接エリア・千駄木に事務所を構える。
「素朴な街、千駄木で生まれ育った身としては親近感もありながら『上野と秋葉原すごい!」という気持ちが強いです。学生時代からよく遊んでた秋葉原はここ10-20年で激変しました。僕が高校生の頃は電子部品のお店がもっとあって、雑居ビルの上階に行くと怪しい雰囲気がある感じがよかった。オーディオのイメージもあります。僕の少し上の世代の男性は、中学高校の入学祝いにオーディオかギターを買ってもらうという時代があったと聞いています。』
西原氏とノーガホテルの出会いは、2020年春までノーガホテル上野東京のパブリックスペースの選曲を手がけたことがきっかけだった。ノーガホテルが展開する2つのホテルに関わる過程で、コンセプト「地域との深いつながり」への共感もより深まったと話す。
「今の時代、ものや情報はなんらかの方法で手に入れることができます。各地の街並みやそこで得られる体験も似てきている気がします。そんな時に地元に根ざしてそこでしか感じられない空気感やものは貴重ですし、あえて街でホテルを選ぼうとした時に素敵な体験になると思います。」
もともと宿泊施設全般が好きと言う西原氏にとって、やはり宿泊体験において音楽は欠かせない。
「音楽は空間や体験の印象を作る大事な要素。宿泊空間は訪れる人の人生に豊かさをプラスし、日常に戻ってもその感覚を持って帰ることができる。しばらく経つとそれは消えてしまうので、またその感覚を味わうために行きたい、と思わせるホテルはなおいいですね。」
ノーガホテル 秋葉原 東京でBGMが流れるパブリックスペースは、大半をレストラン・バー「PIZZERIA & BAR NOHGA」が占める。一日を通じて変化に富んだメニューを提供する食空間ならではのテーマを設定したと西原氏は話す。
「『現代版ターフェル・ムジーク』というテーマで選曲に取り組みました。これは中世ヨーロッパで宴を行う際に演奏された音楽の形式で『食卓の音楽』と訳されます。食事を愉しむ空間で音楽が心地よく作用することを意識しました。
時間帯やレストランメニューの変化も意識しています。例えばひとえに朝と言っても、早朝の営業開始時とブランチの頃では雰囲気が違いますよね。だから細かに雰囲気を変えた各時間帯用のプレイリストを用意しました。もちろん、レストラン・バー以外のゲストの皆様にもホテルの品格を感じていただけるはずです。」
食と時間帯の関係だけでなくインテリアデザインや街の空気感も反映し、秋葉原の雑踏を通り越えた先にある空間であることも意識したと言う。
「開業前で実際にお客様がホテルに入る前に選曲しているので、特に意識したのはいかに精度を上げた想像力を持ちながら、実際のお客様の過ごし方、その際の環境などを選曲に反映できるか。ホテルの品格を表すのは目に見えるデザインだけでなく、やはり音楽も感覚に訴える大事な要素。ノーガホテルらしい上質さを訪れるゲストの皆様に提示していきたいです。」
日常にありふれているBGMを意識する人は、音楽愛好家でない限り決して多くはないかもしれない。選曲家が考える「良いBGM」の定義とはなんだろうか。
「BGMが流れている場所は沢山ありますが、『とりあえず』流されてる場合の方が多いと感じます。でも人は意識する以上に音から敏感に影響を受けているはず。会話が弾む喫茶店とそうでない場所の差は意外にBGMの力が大きいんじゃないかと思います。優れた選曲は意識して聞かずにすむし、そこで過ごす人に干渉しないんです。』
「僕はいい音楽を聴いた時に『これは自分のために作られたものなんじゃないか』と思うことがよくあります。自分ごととして捉えた時に人は何かを愛せるのでは。パブリックな空間にいながら、その場を訪れた方が個人的に愛着を持てる選曲を目指したいです。」
ノーガホテル 秋葉原 東京では、客室に限らずパブリックスペースでも大勢のゲストが同じ空間で音楽を共有し、そこから新たな出会いや文化が生まれることを目指している。
「音楽に関わらず、芸術は言葉だけでは通じないコミュニケーションの役割を担います。『悲しい」と言い合っていても実は想像しているものと違うかもしれないですよね。音楽はそういった喜怒哀楽の座標点を一致させて共有させてくれるコミュニケーションが可能だと思います。」
曲の組み合わせがホテルの品格を感じさせ、さらに訪れるゲストの方それぞれの個人的な体験として心に刻まれる。西原氏が選ぶ音楽がノーガホテル 秋葉原 東京の多様なシーンを印象づけ、秋葉原の街に出ても上質な感覚を持ち運べる一助となることに期待しよう。